『ここから広がる神の愛』
聖書箇所:Tヨハネの手紙4章7〜21節
中心聖句:『いまだかつて神を見た者はいません。私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにとどまり、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。』(Tヨハネ4章12節)
2024年6月30日(日)主日礼拝説教要旨
キリスト教は愛の宗教であると言われますが、なぜなのでしょうか。
それをきちんと理解するためにはキリスト教の基本に戻る必要があると思うのです。私たちが、もしイエス様が大切だといったことをきちんとわかっていないなら、その教えを惑わそうとする偽物の教えに知らず知らずのうちに取り込まれてしまうかもしれません。
まず、このヨハネの手紙第1は、12弟子の1人の使徒ヨハネが書いたものであり、アジアにある幾つかの教会に一斉に送られました。この手紙が執筆された背景には、当時のクリスチャンと、教会にグノーシス主義といわれる偽りの教えが入り込み,強い影響を及ぼしつつあったことがあります。このグノーシス主義は、物質である肉体を悪だと考えているため、イエス・キリストは実は肉体を持っていなかったと唱えていました。一方で実際生活の面で見ると、どのような悪いことを行ったとしても,元々肉体は悪なので、聖い生活を送っても意味がないと言って奔放な生活を容認していました。これらの考え方は聖書全体が教える真理ではありません。そして、この教えに惑わされるならば、救い主イエス様のことを否定することになりますので、救いを手放すことにもなります。そこで使徒ヨハネはこれらの間違った偽りの教えに惑わされないようにと警告しました。
今日はこの箇所から、イエス様が教えていた大切な教えに立ち戻りつつ、神様は私たちクリスチャンにどのように生きてほしいと願っておられるのか考えていきたいと思います。
一つ目のポイントは、お互いに愛し合うことは神様からの命令であるということです。
救われた私達は神様から命令を受けています。教会の一部の人だけが愛するのではなく、皆がお互いに愛し合うのです。なぜ「お互いに」なのでしょうか。お互いに愛し合う時、神様の愛が完成され、神様が伝えられていくからです。初代教会では、使徒の働き2章にありますように、信者となった人々が皆一つになって、全ての物を共有し、財産や所有物を売り、それぞれの必要に応じて分配していたことが記述されています。そしてこの事は全ての人が行なっていました。この愛は人々に良い印象を与え、毎日救われる人々を加えてくださったのです。
2つ目のポイントは、 私たちが愛し合えるのは、自分の力だけではなく聖霊様の力の助けによる、ということです。
一見神様のために色々と献げることは難しく思います。しかし、神様が私達に与えてくださった救いの御業と愛に心を向けるなら、少しはそのようにしたいと思います。なぜなら聖霊様によってお互いに愛し合えるように少しずつ変えられているからです。聖霊様を持っていることは御国を受け継ぐことの保証です。
3つ目のポイントは、愛は行いも伴っていなくてはならない、ということです。
もしイエス様と同じような愛の人になるなら裁きの日にも安心していられます。なぜなら、イエス様は眠った者の初穂となられ、先を歩まれたからです。ですから私達もイエス様のような愛の人になるなら、裁きの日に堂々としている事ができます。しかし、私達はまだ完成途中であり完全ではありません。悔い改めながら、聖霊様の働きに導かれつつ完全を目指して成長させていただきましょう。
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